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今はもう昔、Shin Nishimuraがまだ中国にいた頃。二人の日本人ダンス・ミュージックラバーが遠く離れた北京と上海で出会いPLUS CHINAを立ち上げた。 そしてPLUS TOKYOがもう6周年を迎える。「対談するならPLUSを一緒に立ち上げたKIKOさんとも」と言う言葉を聞き、さっそく電話インタビューを試みた。 二人の懐かしい話を加え、PLUS TOKYOの原点を伺ってみましょう。

「将来をどうしよう…」と思いながらパーティーみたいな事をやり始めてたら、なんか上海にヤバイJapanese Boyがいるぞって - KIKO

第一印象は、よう喋る人だな〜〜って(笑) - Shin

■この対談を読んでいる人がキコさんがどんな人なのか知るために簡単な自己紹介をお願いいたします。

KIKO(以下K):えっと...北京に住んでます。
Shin Nishimura(以下S):(笑) は、はい?
K:北京でいろいろパーティーとかイベントをやってます。そんな人です。
S:いやいや、そういうのじゃなくてさ、もっとこう昔僕とどうしてたとかさ。
K:あ、なるほどね。北京には18年ぐらい住んでいて、今から10年前からパーティーを始めたと思ったら、シン君が上海にいる事を知り〜、そこから...
S:いや、たぶん出会い系の話は後であるから...
K:あ、そっか。ごめん、ちょっと酔っぱらってて...
S:はい、続けて
K:今はパ−ティーも相変わらずやってますが〜
S:YENってパーティーもね。
K:そうそう、その他もろもろTerminalって言うのもありますが〜ここ3年ぐらいで力を入れてきたのは、 中国のローカルDJだけで倉庫とか借りてパーティーやってたりもします。
S:あ、万里の長城とかでもやったよね。
K:うん、でも、最近は厳しくなったので長城は自粛してます。
S:他なんかいろいろとやってるよね。
K: .....う〜ん....
S:去年のWIREに出たMickey Zhangとも一緒にやってるとかさ。ほんとあんた酔っぱらってるよね、今日。
K:そうそう!彼とも長くやってて...
S:って、そんな感じですね(笑)

■そんなキコさんとShin Nishimuraの出会いって?

K:出会いってどうだっけ?あ、当時まだお互いが留学生の時に
S:(笑) そうそう、まだ留学生だった。KIKOが北京大学。僕が復旦大学で。既にその頃からもうクラブで毎日DJしてたんだけどね。
K:それで、将来をどうしようと思ってたら、パーティーみたいな事をやり始めてたら、なんか上海にヤバイJapanese Boyがいるぞって。
S:そこは俺の中で突っ込ませてもらうと、今もお互いの共通の友達がいるんだけど、その子が俺が当時 働いていた「D.D's Club」(上海で今でも有名な伝説のクラブ)に来たんだよね。それで、北京にもパーティーやってる「KIKOっていう日本人がいるんだー」って、話を聞いて、後日「D.D's」に遊びに来たんだよね。
K:そそ。実は後日談なんだけど、僕はね、もう上海にSHINって奴がいるってのは聞いてて、友達が 上海に行くって言うから、じゃあ、SHINとコンタクトとってきてくれってお願いしたんだよ。今言うと。
S:え!そうなんや。
K:もう、北京でも君は噂になってましたよ。風の。
S:で、僕が日本からDJを呼ぶ、「JUG」ってパーティーを当時やろうとして、その時に北京でもやりませんか?って連絡したんだよね。

■お互いの第一印象はどうでした?

S:よう喋る人やな〜〜って(笑)
K:え、俺が?
S:うん。D.D'sに遊びに来てめちゃくちゃ喋る人だな〜と。
K:あ〜〜でも、何しに行ったんだっけ?あ、君に会いに行ったんだよ。
S:いやいやいや、その時、当時いた日本人DJ全員に会いに行ってたよ、確か。
K:あ、そうだそうだ。それもあったんだ。だけど、君以外凄く優しく接してくれたのに、君はなんか忙しそうにしてたよね。
S:うん、人見知りだから...(笑) それは今も変わらず...
K:生意気だな〜!って言うのは嘘で、なんか、「は〜〜〜」って感じだったよ。
S:よくそこ勘違いされちゃう。時間かかるから、後のめちゃくちゃ仲良くなる人とは特に...笑

■キコさんは今のPLUSをShinが始めるきっかけに大きくかかわっているらしいですが、具体的にはどんな感じで?

S:関わり始めたって言うか、二人で始めた。PLUSが始まったのは、「JUG」(*冒頭でふれたShinが始めようとしていたパーティー)の流れで、ま、テクネイジアと出会って、で、 テクネイジアのアミルに卓球さんを紹介してもらって、で、それをきっかけにもうちょっとちゃんとした形でパーティーをやろうかってなって、アミルと二人で中華料理屋で「PLUS」って名前とロゴを決めたんだよね。
K:もっとワールドワイドな感じでって
S:そそ、それでPLUSってなったんだよね。

■PLUSってなんだったのですか?

S:なんだったんだ?って言われても(笑) 中国の2都市でやってたテクノパーティー(笑)
K:そのとおり。
S:でもさ、フライヤーとかってさ、「JUG」でもちょこちょこってやったけど、どっちかと言うと、中国のフライヤー文化ってPLUSが最初にやり出したんだよね。
K:そうですね。それは間違いない。まさに。ま、そこで僕のわかっていない部分と、シン君が強く思うコンセプトで ぶつかりがまさに見えてきたところで...まさにそれまで仲良かった二人がですね、一皮剥ける瞬間だったわけですよ。
S:(笑) そうそう。
K:まさにポジティブにPLUSに向かった瞬間だったわけですよ。
S:......はいはい、そうでしたね。
K:うまくまとめたよね (笑)
S:......

■当初のコンセプトって何かありました?

S:それまでディスコ文化だった中国にクラブスタイルのパーティーとかを、外国人DJ呼んでやりましょうっていうコンセプトだったんだよね。
K:そうそう。今まで酒を飲みに行くところがうるさい所+踊れるところだった場所だったんだけど、PLUSが初めて音楽メイン、音に ひかれて集まる場所のパーティーという位置づけをモットーにやり始めたんだよね。
S:うん
K:まあ、当時そんなコンセプトを掲げてても誰もわかってくれなくて、僕らはただ熱く続けていくしか表現する方法がない、 ただひたすら熱い熱い思いのみでしたよね。
S:うん、そうだったよね....

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