interview01
16歳の少年が「One More Time」で大泣きしたんだよね。今思うと恥ずかしいけど、そういう感覚はめちゃくちゃセンチメンタルな感じが... - Shin
若い子達は辛かったんですよ、君が上海を捨てたのは - KIKO
■PLUS、Shin Nishimuraが関係している思い出のエピソード、教えてください。

K:一回目のPLUSでシン君に首根っこ掴まれたんだよね。
S:(爆笑) あれはほら、卓球さんが来るから日本人が絶対押し寄せるからさ、「極力日本人は押さえた方がパーティーは
まとまる」って言ったのにさ
K:ええ
S:で、コンサートのりになっちゃったんだよね、北京は。
K:そうです
S:上海はキャパが小さくて250人とかでマックスで、前売りとかは日本人用に半分しか出さなかったんだよね。
だけど、北京はキャパが600とかだったから、まあ、突っ込めるだけ突っ込んじゃえ!って感じでやってさ、
案の定、卓球さん見たさに日本人が前を陣取ってて...明らかにキャパオーバーだし、その後、予想された流血騒ぎの喧嘩とかになっちゃってて...(笑)
K:そうそう。そこらへんは抑えめに...(笑)
S:はい(笑) で、そこで僕が怒ってキコさんの胸ぐら掴んだって話だよね。
K:そうですね〜〜そこから僕の口数は少なめになったんだよね(爆笑)
S:よう言うわ。
K:よく喋る奴だな〜ってさっき言ってたから(笑)
S:でも、ぶっちゃけて言うと、俺たち毎日1〜2時間上海と北京電話してたよね。今思うと気持ち悪いけど(笑)
K:そうそう。
S:俺、中国が1分5円とかの電話代の時代に、月3万ぐらい電話代でかかってたよ。
K:その時から君は稼いでましたからね〜〜中国で
S:よう言うわ。
K:毎日、またかかってきたわ〜〜って思ったよ
S:よう言うわ。あんたもかけてきたやん。2日ぐらい電話しないと「なんで電話くんないの〜〜?」って
K:二人とも電話好きだったからね、当時。
S:暇さえあれば電話してたわ、今思うと変やわ〜〜。あとさ、PLUSって上海と北京でやってて、いつも俺も北京に
行ってて、グルメなキコさんが連れてってくれる店がすげー楽しみにしてた。
K:あ〜〜そうかそうか
S:北京ダックとか。鬼街の飲茶とか。黄色のスープとかさ。
K:はいはい、 プレイ終わった次の日な!
S:うん。あと、次の日のバーストリートの三里屯ってとこのカフェで
K:うんうん
S:中国ではタブーなサンドウィッチを北京では食べられるって事で凄く楽しみにしてた
K:(笑)
S:ほら、中国でサンドウィッチって食べられへんかったやん。
K:めったにそういうの食べられなかったね、そういう場所でね。ビールとかは飲めるけど、軽食みたいなのは一切
なかったもんね。軽食って言っても中華料理だったもんね(笑)ホテルでしかサンドウィッチは食べられなかった、確かに。

S:そうそう。向こうのハムとか全く信用なかったし(笑) あとさ、フランク(ムラー)呼んだ時にさ、それまで金曜日上海、
土曜日北京だったんだけど、その時だけ逆だったんだよね。で、その時始めてPLUSでキコも上海に来たやん?
K:ええ、確か、上海はAPECの時。
S:そそ、その日に1時とかに警察の閉め出しが来てさ、で、その時だけ音消して真っ暗にしてさ
K:あたかもみな帰ったように外から鎖の鍵閉めて
S:で、警察が去ってった後にこっそりとまた再開したんだよね。じゃ、また警察が来て(笑)
K:警棒持って一斉に乗り込んで来たよね。
S:あん時震える程怖かったよね(笑) でも、あん時フランクに気に入られてMAYDAYに出る事ができたんだよね(笑)
K:そうそうそう。
S:ビックリしたわ。
K:あれがきっかけで。で、すぐにMAYDAY決まってね。PLUSに始めて呼んだ海外ゲストでいきなりMAYDAYに呼ばれ、半年後とかに回したよね、確か。
S:そうそう。あの時からちょっと人生が変わった。
K:で、その後、クロード(ヤング)が来たり、(田中)フミヤさんに来てもらったり。
S:あ、そういえば、フミヤさんが来たときに、キコさんはちょうどTBSかなんかの番組の撮影があったんだよね。
K:未来者
S:そうそう。なんか外国で活躍する日本人番組の。それで日本のテレビデビューを果たしたんだよね。
K:(爆笑)
S:なつかしいな〜〜。あとさ、いろんな人がゲストで来てくれた時さアテンドで、マーケットに連れてってたんだよね。
K:そうそう。
S:で、その時に僕達がその人達が欲しいお土産物を値段交渉しててさ
K:強引に
S:キコさんがチンピラみたいに「もっとまけろよ」って怖い顔で脅して(笑) 最初40元とかだったものを最後には12元とかになってて(笑)
K:3分の1以下にしてたよね。そんな所にゲストDJは、え?って感じの顔してた。
S:(爆笑) ああいう顔見るのは面白かったよね。中国では普通の事なんだけど、向こうにしてみれば600円で鞄とかベルト
とか買えるだけでもびっくりなのに、いきなり170円とかになってさ(笑) そろそろパーティーの話もしますか。
K:はい(笑)
S:今思うと、中国のゲストDJっていう文化とかフライヤー文化とかほんとPLUSが作ったよね。
K:そこに戻るのね。あと、クラブに行くのに前売りチケットを買わなきゃいけないとかね。
S:そうそうそうそう。それもあった。
K:そういう位置づけだった。

S:あとフリーペーパーとかにパーティーの詳細を載せたりするのもさ。
K:そういう広告は一切なかったもんね。それまではBARのハッピーアワーの広告とかそんなのばっかでさ、DJ?DJイベント?
それなんですか?って感じで雑誌の人に言われて。
S:そうそうそう!
K:で、広告バーターで取ったりとかし始めて。パーティーにタダで入れて酒もタダで飲ませてやるからって。
S:それそれ、いや〜ほんとそれは中国文化やったと思うわ。飯食わせたり、酒飲ませるだけがバーターでさ(笑)
K:(爆笑) そうそうそう。日本ではありえない様な店での接待でも全然良くて。でも、そういうのでどんどん根付いていったわけですよ。
S:あ、そういえば香港とかでは既にパーティーでデコを入れるってあったけど、PLUSはデコもやり始めたんだよね。
K:ライクラとかで(笑)
S:そそ、ライクラ。面白かったね〜〜、今思うと。
K:全てが手作りだったよね。
S:帰国前最後のPLUSやったの憶えてる?

K:はい
S:シンガポールのジョナサンイェオを呼んだんだよね。
K:憶えてますよ。
S:あの時ね、僕のリズムマシーンのPVに出てたり、PLUSのミックスCD
(*Live in Shanghai/Shin Nishimura −今では入手困難でamazon.co.jpでは4千円以上するCD)で中国語でMC入れてくれたキンって言う16歳の少年が、
僕が最後にダフトパンクのONE MORE TIMEをかけた時に大泣きしてたんだよね...
K:うんうん
S:一緒に「One more time!」って...今思うと恥ずかしいけど、そういう感覚はめちゃくちゃセンチメンタルな感じが...
K:若い子達は辛かったんですよ、君が上海を捨てたのは。
S:で、PLUSのオレンジのミックスCD(*上記CDのジャケットがオレンジ色のCDだった)録音の時、ケン(イシイ)さんに来てもらって、久々にPLUS SHANGHAIやって。
K:あの時、機械オンチな僕が一生懸命録音方法を勉強しましたよ。
S:で、警察が乗り込んできて、パーティー中断。キコはすぐテープを取り出して隠して...
K:没収されたらどうしようかと思いましたよ!!
S:でも、僕は囲まれた警察にお腹痛そうな演技して「ちょっとトイレ」って言って逃げ出した。
K:あ!思い出した!あの時、あの小さい日本人はどこ行ったんだ!って警察はめちゃくちゃ怒ってたんですよ!!
S:だって、あの時、もう日本に住んでたのに「中国で捕まりたくない!」って思ってさ、とっさに...
K:あの後食べた避風糖(*上海では有名な香港系のレストラン)での飲茶で水に流したけど、ほんと酷かったですよ!
S:すいませんでした...
